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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)244号 判決

原告

津留憲二

被告

防衛庁長官中山利生

右指定代理人

飯塚洋

森和雄

植村敏紀

河津忠志

田崎守男

小野礼子

小柳一彦

柏木康久

林田和彦

菅野静雄

大森昭仁

有澤信彦

主文

一  本件各訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対する平成元年八月七日付け治癒認定通知を取り消し、かつ、原告に対し、金一〇七〇万九一五二円を支払え。

2  被告は、原告に対する平成元年三月一六日付け懲戒処分(停職一日)及び同年八月一〇日付け懲戒免職処分を取り消し、原告を原隊に復帰させよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の本案前の答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、陸上自衛隊東部方面隊第一師団第一衛生隊陸士長として勤務中の昭和六三年九月八日に発生した災害について、平成元年五月八日付け(右足関節捻挫)及び同年六月二日付け(腰部捻挫による腰痛症)をもって公務上の災害であるとの認定を受け、通院加療を受けていたところ、原告に対し、いずれも平成元年八月七日付けで治癒認定通知(以下「本件通知」という。)がなされた。

2  しかし、本件通知は、原告の通院加療を妨害し、治癒を遅らせるための手段であって、原告の心身への侵害行為である。したがって、本件通知は違法であり、また、原告は、本件通知により一〇七〇万九一五二円の損害を被った。

3  被告の指示により、原告に対し、平成元年三月一六日付けで、停職一日の懲戒処分(以下「本件停職処分」という。)がなされ、同年八月一〇日付けで、懲戒免職処分(以下「本件免職処分」という。)がなされた。

4  しかし、本件停職処分は、適正手続を無視してなされたものであり、また、本件免職処分は、不当な理由によりなされたものである。

5  よって、原告は、被告に対し、本件通知、本件停職処分及び本件免職処分の各取消しを求めるとともに、右損害金一〇七〇万九一五二円の支払と原告の原隊復帰を求める。

二  被告の本案前の主張等

1  請求原因1の事実、原告に対し、本件停職処分及び本件免職処分がなされたことは認める。

2  本件通知の取消しを求める訴えは、次のとおり不適法である。

(一) 本件通知の非処分性

本件通知は、原告の療養補償請求権に対し、法律上何らの影響を及ぼすものではないから、行政事件訴訟法三条にいう処分に当たらない。すなわち、国家公務員の災害補償請求権は、国家公務員災害補償法(以下「補償法」という。)所定の要件が充足されれば当然に発生するものであり、実施機関の公務上の災害である旨の認定を要するものではない。したがって、補償法八条の権利を有する旨の実施機関の通知はもとより、公務上の災害でないという通知も実施機関の見解を表明するにとどまり、単に災害補償事案を簡易迅速に解決するための事実上の措置にすぎず、補償請求権の存否等に何ら影響を及ぼすものではない。このことからすると、国家公務員特別職である自衛官の災害補償請求権も、防衛庁の職員の給与等に関する法律二七条が準用する補償法所定の要件が充足されれば当然に発生するものである。そうすると、補償法八条の補償を受けるべき者に対する公務上の認定通知から派生し、同様の性質を有する治癒認定通知(陸上自衛隊災害補償規則三七条二項)も実施機関の見解を表明することにより、災害補償事案を簡易迅速に解決するための事実上の措置にすぎないというべきであるから、原告の療養補償請求権の存否等に何ら影響を及ぼすものではない。

(二) 本件通知の取消しの訴えの被告適格

原告の災害が公務上の災害かどうかを認定する権限を有していたのは、陸上幕僚長から権限委任を受けている東部方面総監であり(防衛庁職員療養及び補償実施規則三条、陸上自衛隊災害補償規則二条)、また、治癒認定をする権限を有している者も右総監である(陸上自衛隊災害補償規則三七条二項)。仮に本件通知が抗告訴訟の対象となる処分であるとしても、原告としては、本件通知をなした東部方面総監を被告とすべきである。

(三) 出訴期間の徒過

本件通知にかかる通知書は、平成元年八月八日、原告に送達されたから、原告は、同日、本件通知があることを知ったものである。したがって、仮に本件通知が行政処分に当たるとしても、行政事件訴訟法一四条一項及び三項の期限を徒過していることは明らかである。

3  本件停職処分及び本件免職処分の取消し並びに原告の原隊復帰を求める訴えは、次のとおり不適法である。

(一) 右訴えの被告適格

本件停職処分をした者は、陸上自衛隊練馬駐屯地第一衛生隊長(現在は組織改編され、陸上自衛隊第一後方支援連隊衛生隊長)であり、また、本件免職処分をした者は、陸上自衛隊東部方面隊第一師団長である。したがって、右訴えは、防衛庁長官ではなく、それぞれ右に掲げた者に対してなされるべきものである。

(二) 本件停職処分及び本件免職処分の取消し並びに原告の原隊復帰を求めることについて

原告は、既に右各処分の取消しを求めて東京地方裁判所に訴えを提起し(同裁判所平成三年(行ウ)第二二一号)、現在上告審に係属中である。したがって、右取消訴訟により十分に救済目的が達成されるから、本件訴訟を提起して、これを維持する実益は全くなく、訴えの利益がない。

4  損害賠償を求める訴えについて

国の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国がその被害者に対して賠償するものとされており(国家賠償法一条)、加害公務員に対しては損害賠償請求を行い得ないものと解されている。したがって、仮に加害公務員が防衛庁長官であったとしても、防衛庁長官を被告とする訴えは、不適法である。

第三証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する(略)。

理由

一  請求原因1の事実、原告に対し、本件停職処分及び本件免職処分がなされたことは当事者間に争いがない。

二  本件通知の取消しを求める訴えについて

補償法及び人事院規則には、実施機関の公務上の災害である旨の認定処分を経て初めて補償請求をなし得る旨の規定はないし、補償の実施に関する審査の申立てに対する人事院の判定(補償法二四条二項)についての不服申立て、訴訟に関する規定も存しないこと、実施機関の公務上外の認定作業は補償事務主任者からの報告に基づいて行われること(人事院規則一六―〇「職員の災害補償」二〇条、二二条)などに照らすと、補償法の適用がある国家公務員の公務災害補償請求権は、同法所定の要件が具備されることにより法律上当然に発生するものであり、実施機関の公務上の災害である旨の認定を必要とするものではないと解するのが相当である。したがって、実施機関による、補償法八条の権利を有する旨の通知や公務上の災害でない旨の通知は、単に災害補償の事案を簡易迅速に処理するため実施機関の見解を表明した事実上の措置にすぎず、補償請求権の存否等に何ら影響を及ぼすものではないというべきである。防衛庁の職員(一般職に属する職員を除く。)の公務災害補償については、補償法の適用はないが、防衛庁の職員の給与等に関する法律二七条により、補償法が準用され、かつ、防衛庁職員の災害補償に関する政令一条により、同政令によるほか、一般職の国家公務員について定められている例によるとされていることにかんがみると、その補償請求権は、右同様に、補償法所定の要件が具備されることにより、法律上当然に発生すると解するのが相当である。

そして、本件で問題となっている治癒認定通知は、公務上の災害である旨の認定及びその通知を契機として生じる付随的、事後処理的な手続であるから、右認定通知と同様の性質を有するものと解するのが相当である。そうすると、治癒認定通知も災害補償事案の処理を簡易迅速になすための事実上の措置にすぎず、原告の療養補償請求権の存否等には何ら影響を及ぼすものではないといわなければならない。したがって、本件通知(〈証拠略〉により、東部方面総監がしたものと認められる。)は、行政事件訴訟法三条の処分に該当しないから、原告の右訴えは不適法であり、却下を免れない。

三  本件停職処分及び本件免職処分の取消し並びに原告の原隊復帰を求める訴えについて

証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によると、本件停職処分をしたのは、陸上自衛隊練馬駐屯地第一衛生隊長(現在は組織改編され、陸上自衛隊第一後方支援連隊衛生隊長)であり、また、本件免職処分をしたのは、陸上自衛隊東部方面隊第一師団長であることが認められる。したがって、右各処分の取消しと原告の原隊復帰を求める訴えは、右各行政庁に対してなされるべきものである(行政事件訴訟法一一条一項、三八条一項)から、防衛庁長官を被告とする本件訴えは、不適法である。

四  損害賠償を求める訴えについて

国の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国がこれを賠償するものとされているのであり(国家賠償法一条一項)、公務員が行政機関としての地位において賠償責任を負うものではない。したがって、行政機関である被告に対する損害賠償請求の訴えは不適法である。

五  結論

以上の次第で、本件各訴えは、いずれも不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小佐田潔)

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